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「理論上は」や「論理的にはさ」などと言われると、なんだか相手が知的に見えてしまうこのふたつの言葉。

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でも、間違った使い方で熱弁をふるっている人を見ると、少し切ない感が……私だけでしょうか?

似ている二つですが、それぞれにちゃんとした使い分けがあります。
ぜひ意味と使い方を知って、真の知的街道をお進みください!!


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理論と論理の違いを超簡単に説明


『理』と『論』、漢字の順番だけが違うこのふたつ。

見た目の違いはそこのみですが、とりあえず『理論』とはどちらかというと『名詞』的なものだ、と捉えてみてください。答えや結論を出すために必要な知識や材料、といったもの、そのものを指す言葉です。


『論理』は『名詞』的に対していえば『動詞』的。その知識や材料を使って、答え・結論を出すまでの道のりのことです。


理論の意味と使い方はコレ


『名詞的』『動詞的』はあくまでイメージです。

では、もう少し具体的に見ていきましょう。


回っているのは地球の方だ、とか、1+1=2であるとか、万引きは犯罪、など個人の意思では動かしようのない絶対的な法則、これらを素に頭で考えたもの、これが『理論』です。

また、先ほども書きましたが「理論上は」というセリフ。これは実際にやってはいないけれど、常識に照らし合わせてみるなら間違いない、といった意味合いで使われる言葉ですね。


『実践』に対する言葉として使われることもあります。

また『理論』とは「動かしようのない絶対の法則」ではあるけれど、「その法則自体が変わったら、その限りではない」ものでもあります。

今現在、絶対とされているものを、計算や予測の基にするので、時代が変わって刑法が微妙に変わったり、新発想の計算式が発見されたりなど、根本が変わった場合、それ以前のことは「理論上は正しいはずだったのに……」になることもあるわけです。


理論=絶対正しい

というわけではありませんが、今の時点で最も正しく確実な法則やルールに則り考えたもの、それを『理論』と呼びます。
『理論的』というのは、その理論に基づいている様子のことです。

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論理の意味と使い方はコレ


説明の仕方、プロセスこそが『論理』の一番の仕事です。

誰かに何かを伝えたいときや、自分の意見の結論を話す場合を考えてみてください。相手に分かりやすく説明する必要がありますね。

そのためには色々な既存の法則や材料を使い(理論ですね)、きちんと順序立てながら話を進めていくわけですが、それにはその考えを組み立てたり、筋の通った説明の仕方が大切になってきます。正にそこ、その『考えていく過程』こそが『論理』です。


よく聞く『その論理には飛躍がある』というのは「何もかも間違っている」、というよりは、「順序や道筋に間違いがあるので、正しい結論に結びついていない(違う方向に飛んでってる)」といった感じと言えますね。

ですから、道筋以前に素になった材料や法則から間違っていると、ただの屁理屈にもなってしまいます。


また、自分の経験則などをルールとした論理「俺は今まで試合の前日にカツカレーを食べて負けたことがない。だから母さん、今日もカツカレーで!」などは『俺の中だけでの』をつけるべき論理となります。

『論理』には少なからず主観の入るものですが、あまりにも主観が勝ちすぎる「論理的にカツカレー希望の説明したでしょ!」はほぼ通用しない『論理』となります。ご注意くださいね。

理論と論理の違いを超わかりやすく解説


参考動画です♪
【会話術】 話しても伝わらないと意味がない!相手に伝わる会話をする技術会話上手になる会話術



『理論』と『論理』、言葉としての違いはなんとなくお分かりいただけたでしょうか?

では、具体的にいくつかの場面で『理論』と『論理』を使って難関を突破していきたいと思います。

それぞれの役割の違いを感じていただければ、と思います。


早退したい

39度近い熱のあるあなた。今日は会社を早退したいのですが、もう一人、すでに風邪で休んでいる同僚がいるため、言い出しづらくて困っています。

お昼休みまで我慢したので、医務室へ。熱を確認。38.8度です。今、巷ではインフルエンザが大流行中らしく、学級閉鎖になった小学校のことが朝のニュースで紹介されていました。


早退したいです。
あなたは熱で朦朧としつつも理論を組み立てます。

38.8度は間違いなく高熱だ。今、インフルエンザが猛威を振るっている。そのため、学級閉鎖の措置まで取った小学校がある。でも、同僚がすでに休んでいて、人手では充分ではない。

でも、つらい。早退したい……

どうにもきついので上司にお願いしに行きます。


すみません、実は早退させていただきたいのです。熱が38.8度あるのです。これが医務室からの診断書です。どうやら今インフルエンザがすごいことになっているようですね。

同僚も一人休んでいて大変心苦しいのですが……そういえばどこかの小学校もインフルエンザの影響で学級閉鎖になったとか。もし私の風邪が原因で会社閉鎖とかになったら、本当に申し訳ないです。今のうちに治してしまえば、復帰も早いかと思います。

早退させていただいても、よろしいですか?


あなたの論理にはそう判断するまでの理由にも正当さにも、筋の通り方にも問題はありません。早退OKです。


おいしい天丼作って!

お休みの日、ゆっくり昼まで寝ていたら、奥様にささやかれました。

「主婦には休日ないのよね~」

怖くなったあなたは、要請通り、夜ご飯に天丼を作ることとなります。(奥様の理論、論理は置いておきます。恫喝か愛情が勝る場合もあります)

天丼だからてんぷらは必須。でも揚げるより買ってきた方が早いしおいしい。近所の○○亭は行列ができるほどのてんぷら屋だ。お持ち帰りもやってるらしい。丼つゆは手作りで。みりんと酒としょう油。でも出汁までとったら不経済!とむしろ怒られそうだ。ここは出汁の素で代用。

おいしそうです。
あなたの頭は軽快に理論を組み立てていきます。料理、お上手なんですね! 


ここまでがあなたの使える理論。実際に間違っていない事柄があなたの知識であり、考えの材料ですね。

さて問題は、○○亭のテイクアウトで奥様が満足されるかと、まさかとは思うけれど、カツオと昆布で出汁まで取るのは面倒すぎる、にかかってきました。なんとか納得してもらわなければなりません。


天丼、いいね。そういえば○○亭、すごい評判らしいね。行列できる、ってどんだけおいしいんだよなぁ。今日の天丼、試しにテイクアウトで具材は揃えちゃおうか? 

揚げ物って、汚れるし、油ももったいないよね。エビとかイカとか揃えると逆に高くつかないか? 丼つゆは任せといてよ。あ、ところで丼つゆの出汁だけど、昆布とかからじっくりとる? 

それもかえって無駄になるか。なら出汁の素使う? ネタが行列店のだしそこは「うちご飯」っぽく出汁の素でもいいな。うまいぞ~、これ。じゃ、○○亭でテイクアウトしたてんぷらとボクの丼つゆのコラボ、ってことでOK? あ、出汁は敢えての素の方ね。


あなたの論理にはかなり主観的な部分も入っていましたが、○○亭のてんぷらはおいしい、揚げ物は汚れるし高くつく、出汁をとるのも不経済など、という不動の法則(理論)から生み出した論理により、なんとかクリアです。


このように、論理を展開していく上で、いくつかポイントとなるものがあります。

まずは結論。私はこう思う!これを伝えるために論じるわけです。

そのためには、なぜそう思うのか、をしっかりとした『理論』に基づいて順序立て、筋の通った、つながりのある説明で伝えていかなくてはいけません。


なぜなら、や、例えば、などの具体例を挙げると分かりやすくなりますね。

また、そうでなかった場合、どのような不利益が生じるのか(高熱でも休めなかったため、会社中が風邪っ引き、がんばっててんぷらを揚げたはいいが、後の掃除の方が大変)などの反証、それを経てもう一度結論を言うと、かなり説得力が加わります。


けれど、理論がしっかりしていない論理は脆弱なものとなりますし、また『屁理屈』となってしまうこともあります。気を付けてくださいね!!

終わりに…

上記の具体例が逆に分かりづらくさせてしまったかもしれませんが、要するにすでに証明されているものに対しての『理論』、それを使ってまだ証明されていないもの、想定や推定を論じるためのプロセスが『論理』。


また、動かしようのない事実を用いて(理論)、動きのある考えを展開する(論理)、とお考えいただければ、と思います。


『理論』と『論理』、言葉にはなんだか堅いイメージがありますが、このふたつを使った考え方や会話は、日々なされているものです。

『理論上は』や『論理的には』を使わずとも、案外普通に知的な毎日を送っていたのですね!


理論立てた考え方からの論理的な結論、普段の当たり前なコミュニケーションにもお役立ていただけると嬉しいです!

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